Blog

夫を幸せにしたい、申し訳ない

Yuri

この記事では「男性は、女性は」という性別で書きわけていますが、性別にも色々あるし、誰の中にも男性性とか女性性とかあるし、繊細な男性もいるし、強い女性もいるし、それ以外の性別もありますしね。ですが、私のケースということで「男性は〜」「女性は〜」みたいな書き方、今回ちょっと目を瞑って読んでいただけると助かります。

前に「私は夫を幸せにしたいんです」とおっしゃっていたクライアントさんがいた。
そのとき言わなかったけど、私もその感覚はすごくあって、すごく悩んだ時期があったのでとても気持ちがわかるなぁと思いながら話を聞いていた。今だったらもう少しうまく伝えられるのだけど、当時うまく伝えられないくてちょっと心残りがあったりする。

以前の私は、「夫に恩返ししたい」「自分が稼いで、夫に楽してもらいたい」という考えがあって、さらにその奥には「夫に何も返せていない自分には価値がない」「全然稼げていない自分で申し訳ない」という思いもあった。

なんせ、生まれた家庭ではいつも泣いていたし、苦しかったし、辛かったことが多かったから、夫と結婚して新しく2人で作った家族は、自分の知っている家族とは全然異なっていた。

だからこそ、「こんなに平和な家族を私に与えてくれた彼に、やっぱり役に立ちたい」そう考えることが多かった。

これは前提として、「私が何かをしないと夫を幸せにできない」と思い込んでいたのだけど「実はすでに、夫は幸せである」という事実を無視していただけだった。

男性の多くは、女性のことを幸せにしたいと思っているし、女性が喜んでいる姿を見るのが好きで、さらに、自分が喜ばせていると感じるともっと嬉しい、と聞いたことがある。

よく考えてみると確かにそう。

それなのに、例えば、女性側が受け取るのが下手で「そんなことしてもらったら悪い」が咄嗟に出てくると、「ありがとう!嬉しい!」ではなく、「ごめんね」になってしまう。

で、受け取り上手になれと言われても難しい。なるべくありがとうと言おうと思っても、なんかつまづくのもわかる。(私もつまづいていたから)

こういう私のようなタイプの女性が知るべきことは、

私たちよりも、男性は強くて、単純で、大丈夫な人間なんだということ。

私たち女性は、男性よりも感情的に複雑だし、育ってきた環境や、そもそもの性格によって、相手の感情をめちゃくちゃ汲み取ることに長けていることがある。

それって結構疲れること。だから、合ってるか合ってないかは別として、考えすぎて疲弊したり、落ち込んだり、悲しんだり、傷ついたりすることもあるけれど、男性はそこまで細かくない、ということ。

だから、男性側が何かしてあげたいと思ってくれた時は、それが100%だと信じてあげることが大事だったりする。(「したがっていることなので、させてあげる」と言えば伝わるだろうか。ドライな書き方だけど)

例えば、以前の私は夫に何かを買ってあげたいと思った時、

【夫が喜んでくれそうだから買う…100%】ではなかった

例えば

【夫は頑張っているだろうから、何かしてあげないと申し訳ないな…30%】
【もっと何かしてあげないとかわいそう…25%】
【私ばっかりで申し訳ない…10%】
【これ好きそうだから喜んでくれるかな?…20%】
【でも実はあんまり金銭的に余裕がないんだよな…15%】

…計100%

という具合に。

一方、夫の気持ちを見てみると

【これゆり好きそう!買ってあげよう〜!…80%】
【気に入らなかったらどうしよう、ちょっと心配…20%】

くらい。

そもそも夫は、お金が厳しかったら買うという選択肢が出ないし、私が疲れてそうだと感じても、何かしてあげなきゃという選択肢も出ない。出るとしたら

「大丈夫?早く寝なね」

という感じ。

それと同じく、「仕事を頑張る」とか「仕事で疲れた」という言葉の温度や深刻さも違う。(これは性別というよりは、自己犠牲的な人なら男女でもそうなのかな、わからないけど、男性でもこういう方に何人か出会ったことがある)

以前の私は「疲れた、しんどい」と言ったときは、体調的にも精神的も本当にしんどくて、まじで辞めたい、しぬ、くらいの温度感の時にやっと言う感じだったけれど、夫が「疲れた、しんどい」というのは、まじで疲れただけだったりする。寝れば大丈夫、みたいな。

セリフ1つ1つ、温度感や深刻さが全く違うので、重い側の人間からすると、異常に心配をしてしまうことがある。だから、なんか申し訳なくなったり、私がなんとかしなきゃとか考え始めて苦しくなる。

そしてそもそも、私の体力と夫の体力が全然違うということも後になってわかって、「あ、私にとってはダメなことも、夫にとっては大丈夫なんだな」って気づいてから、彼の言う「大丈夫だよ」とか「気にしないで」という言葉を信じるようになった。

何より、そういう言葉を信じないという行為の方が彼を傷つけてしまうことにも気づいた。

愛する人に信じてもらえないって辛いよね。

でも、なんで私はそんなにも彼の「大丈夫」という言葉を疑ってしまったかと言うと、私がこれまで嘘ついて生きてきたからなわけですよ。

大丈夫じゃないときに大丈夫と言う。
もう無理なのに、平気だよ、気にしないでと言う。

嘘つきなのは自分だっただけ。
だから人の言葉を信じられなくなっていた。

だから、自分も大丈夫じゃないときは「大丈夫じゃない」と言い、無理なときは無理しないで休むか、無理しなきゃいけない時は「ひ〜!!しんどい〜〜!!でも今頑張る〜〜!!」とか言って、なんか手伝ってもらったり、一人で頑張るにしても、自分の状態を嘘つかないで表現してみるというのをしていった。(誰かに対する嫌味でもなく。誰かに何かを期待するための表現ではなくて、単純に今、私はそういう状態なんだという事実を述べているだけ。飲み込んでしまうと、我慢している気になるし自己犠牲をしている気がしてくる)

今の私は簡単に「あ、むり」「ねる」「疲れた!」とか言うようになって、すごく楽になった。だから夫が似たような事言っても、過剰反応しないようになって、お互い気楽に弱音が吐けるようになったという感じがする。

そうやって過ごしているうちに、夫が何かしてくれた時とか、何か買ってきてくれた時とか、申し訳ないとかじゃなくて「わー!嬉しい〜〜!ありがとう〜〜!!」って素直に受け取れる自分に変わっていったと思う。

そういう私でいる方が夫も嬉しいようで、なんか前より色々やってくれるようになったし、一石二鳥だったりする。

相手を信じるためにも、まず自分が自分に嘘つかないということは、とても大事なことだと思う。時間はかかっても、世界が変わっていくので、同じような悩みがある人はぜひちょっとづつやてみて欲しい。

About me
YURI
フラワーエッセンス療法士・タロットヒーラー・メンタル心理カウンセラー/一歳で一家離散。伯母の双極性障害をきっかけに心理に興味を持つ。伯母のためにはじめた学びが後々自分の心を癒すこととなる。心理学のほか、フラワーエッセンス、タロット、オラクルカードといった叡智をかりながら、幼少期の傷・自分を縛るルールを手放すなど徹底的に自分に向き合った結果、生きづらさがなくなり、仕事も家庭も全てが穏やかに。大好きな猫と夫との3人暮らし。
記事URLをコピーしました